10年前、怒られたあの人と [テレビ番組制作日誌]
大阪ロケ。
今回は局が手配した関西の技術さんと。
初めてのカメラマンということで、内容やねらいを伝える。
それでも待ち時間が余ったので、雑談に。
カメラマンの所属する会社の照明さんをよく知っていたので、元気か訪ねるとすごく偉い立場になったらしい。そのながれで、昔の仕事の話に。
そういえば、「あの時のカウントダウン生中継はおたくの会社がやってましたなあ」ときた。
それって、僕が舞台監督として入ったあの現場だ。
仕事を初めて2年目。失敗続きの仕切り。それでも年越しの生中継が終わり、演者や制作スタッフを送り出した直後、僕は関西の技術陣50人くらいに取り囲まれた。
僕だけでなく、全体的にいろんな不満があたらしく、その不満が最後に残った僕に噴出した。最後にはいたく優しい言葉をかけられ、その場は収まったけれど、未だに忘れられないキツい思い出だ。
あ〜、あの現場にいたのね。
「あの時は、すごく怒られたんですよね」って言ったけど、あちらはすっかり忘れてしまったみたい。
そんなこともありつつ、取材はすごくいい感じだった。
これで取材は終わり。ああ、長い編集に入ります。
今回は局が手配した関西の技術さんと。
初めてのカメラマンということで、内容やねらいを伝える。
それでも待ち時間が余ったので、雑談に。
カメラマンの所属する会社の照明さんをよく知っていたので、元気か訪ねるとすごく偉い立場になったらしい。そのながれで、昔の仕事の話に。
そういえば、「あの時のカウントダウン生中継はおたくの会社がやってましたなあ」ときた。
それって、僕が舞台監督として入ったあの現場だ。
仕事を初めて2年目。失敗続きの仕切り。それでも年越しの生中継が終わり、演者や制作スタッフを送り出した直後、僕は関西の技術陣50人くらいに取り囲まれた。
僕だけでなく、全体的にいろんな不満があたらしく、その不満が最後に残った僕に噴出した。最後にはいたく優しい言葉をかけられ、その場は収まったけれど、未だに忘れられないキツい思い出だ。
あ〜、あの現場にいたのね。
「あの時は、すごく怒られたんですよね」って言ったけど、あちらはすっかり忘れてしまったみたい。
そんなこともありつつ、取材はすごくいい感じだった。
これで取材は終わり。ああ、長い編集に入ります。
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